自由について(3分)

哲学

今日は僕の考える自由についてお話しします。

僕は、この考え方で10年続けた公務員を退職しました。

国家資格も捨てました。

その代わりに、自分の人生を自由に生きるための鋼メンタルを身につけました。

そして現在は、世界住みたい街ランクングで常に上位のバンクーバーでニート生活を満喫しています。

3分で読めるこの記事を読んでいただければ、これまで漠然としか使っていなかった自由という言葉について深掘りし、考えることができるようになります。

そうすれば、自分の人生を今一度見つめ直すきっかけになるかもしれません。

仕事を辞めたい。転職したい。フリーランスになりたい。旅に出たい。

上記を行動できるだけの勇気が欲しい人は、本当に最後まで読んでください。

自由とは何か、また、自由を手にするとどうなるのか。

そして、自由を手にするためにはどうすればいいのか。

僕の考える自由についてお話しします。

自由とは

結論を先に述べますが、自由とは、枠からはみ出すことだと僕は思います。

周りがはみ出せない枠を思い切ってはみ出すんです。

それは周囲からすると奔放に見えるので、きっと叩かれるでしょう。

しかし、自由を手にするためには、その枠を思いっきりはみ出す必要があります。

なぜ、周囲の人間は枠からはみ出せないのか。

それは、批判されたくないからです。

自由は批判される

大多数の人間は批判されたくないので、知らず知らずのうちに不自由を求めています。

不自由でいれば批判されることは少ないかもしれません。

逆を言えば、自由だと批判されてしまいます。

僕はまだ海外のことを詳しく知りませんが、多くの日本人は知らず知らずのうちに不自由な暮らしをしているように思います。

「Noと言わない日本人」

この言葉はまさしくそれを表しています。

枠からはみ出したくないので、不自由に我慢しています。

というか麻痺し、慣れてしまっています。

自由じゃない人間は成長しない

自由ではない人間は成長しません。

なぜでしょう。

彼らは自分から何かしようとはしていないので、好奇心や行動力、知識や知恵などは必要としないからです。

はっきりと言うと、社会通念に依存し安心しています。

せっかく能力はあるのに、周りに能力がないというレッテルを貼られてしまっています。

例えば、安月給の会社に勤めている人の多くは、不思議とそこから逃れようとはしません。

残業が多くて遊ぶ時間は殆どありません。

また、休日にはお小遣いがなくて思い切り遊べません。

とても不自由だと思いますが、それを辞めようとはしません。

どうしてでしょうか。

それは会社に依存しているからだと言えます。

彼らは自由になるのを恐れています。

不自由に慣れてしまっているのです。

自らそれを選ばされているのです。

じゃあ、どうすれば自分で行動を選べて自由になれるのでしょうか。

自由になるには

僕は、自由になるためには「視野を広く持つこと」が必要だと考えています。

なんだそんなことか。と思われる方がいるかもしれません。

しかし、本当に「そんなこと」なんです。

と言うのもここまで読んでいただいた方は、既にご存じだと思います。

自由になるには、行動すればいいんです。

強いて言うなら、視野を広く持ち続けるだけの好奇心もあれば最高です。

好奇心があれば、人生に詰むことはありません。

なんなら行動力さえ必要ないかもしれません。

最低限、まずは好奇心だけあればいいです。

少し極論かもですが、僕は本気でそう思っています。

視野を広く持ち続けるだけの好奇心さえあれば、行動力は後からついてきます。

まとめ

いかがでしたか。

好奇心行動力があれば、自由は誰でも手にすることができます。

ほんの少しの「心」「力」さえあればいいんです。

まぁ僕もこんな記事を書いてフットワークの軽さをアピールしてはいますが、退職を決めて行動に移すまで軽く5年、ちゃんと将来について考えてからでも3年かかりました。

しかしその結果として、僕は今のマインドで自由に生きる術を身につけることができました。

そして、32歳独身ニートが爆誕しました。ぴえん🥺

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